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静岡地方裁判所沼津支部 平成2年(ワ)388号 判決

原告 甲野花子

右訴訟代理人弁護士 角田由紀子

被告 乙山太郎

主文

一  被告は、原告に対し、金一一〇万円及び、内金一〇〇万円に対する昭和六二年一一月三〇日から、内金一〇万円に対する平成二年九月二〇日からそれぞれ支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用は、これを六分し、その五を原告の負担とし、その一を被告の負担とする。

四  この判決は、第一項に限り、仮に執行することができる。

事実

一  原告は、「1 被告は、原告に対し、金五九九万円及び、内金五〇〇万円に対する昭和六二年一一月三〇日から、内金九九万円に対する本訴状送達の日の翌日からそれぞれ支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。2 訴訟費用は、被告の負担とする。」との判決及び仮執行の宣言を求め、別紙のとおり請求の原因を述べた。

二  被告は、本件口頭弁論期日に出頭しないし、答弁書その他の準備書面も提出しない。

三  証拠〈省略〉

理由

一  民事訴訟法一四〇条三項、一項により、被告は請求の原因一の1、2及び二の1ないし4の事実を自白したものとみなされる。

二  被告は、一方的に原告の腰の辺に手を触れるなどしたうえ、原告には被告の要求に応じる意思が全然ないのに、原告にキスをしたもので、この被告の行為は、その性質、態様、手段、方法などからいって、民法七〇九条の不法行為にあたることが明らかである。

三  〈証拠〉によれば、原告は、その意に反して被告にキスをされ、生理的不快感、被告の要求に返答のしようがなく黙っていたのにこれを承諾したものととられたくやしさ及び人格を無視された屈辱感を覚えさせられたこと、原告は、これにより精神的衝撃を受け、当日から食欲不振、不眠、口の中の不快感などの身体的変調をきたし、口の中の不快感は現在まで続いていること、本件以後も毎日生理的嫌悪を感じる被告を上司とする職場で働かなくてはならず、他の従業員にも事件を知られ、中には興味本位な言動をとる者もあり、原告にとって辛い職場環境となってしまったこと、原告は当時の勤務先を退職せざるをえなくなったこと、被告には自己の非を認めて謝罪する態度がまったく見られず、これについても原告は憤りを覚えていること以上の事実が認められるから、原告は被告の前記不法行為により少なからざる精神的損害を蒙ったということができる。

そして、右に認定の原告の受けた精神的苦痛の内容、程度に、前記一項の当事者間に争いのない事実、とりわけ、被告の加害行為の内容、態様、被告が職場の上司であるとの地位を利用して本件の機会を作ったこと、被告の一連の行動は、女性を単なる快楽、遊びの対象としか考えず、人格を持った人間として見ていないことのあらわれであることがうかがわれ、このことが原告にとってみれば日時が経過しても精神的苦痛、憤りが軽減されない原因となっていること並びにその他の本件にあらわれた諸般の事情を総合すれば、原告の精神的損害に対する慰謝料の額は一〇〇万円が相当と認める。

四  原告が請求の原因三の2で主張する、原告が本訴の提起を原告訴訟代理人に委任した経過についての事実もまた被告において明らかに争わないものとして、これを自白したものとみなす。

右の事実に、事案の難易、請求額、認容額、その他の諸事情(弁論の全趣旨によって認められる、原告が支払を約した弁護士報酬は、本件訴状が被告に送達された日までには未だその支払はなされていないとの事実を含む。)を斟酌すると、被告の前記不法行為と相当因果関係のある損害としての弁護士費用の額は一〇万円が相当と認める。

五  よって、原告の請求は、被告に対し、不法行為に基づく損害賠償金一一〇万円及び、内金一〇〇万円(慰謝料分)に対する本件不法行為の日よりのちの昭和六二年一一月三〇日から、内金一〇万円(弁護士費用分)に対する本件訴状が被告に送達された日の翌日であることが記録上明らかな平成二年九月二〇日からそれぞれ支払済みまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるから認容し、その余は失当として棄却することとし、訴訟費用の負担について民事訴訟法八九条、九二条を、仮執行の宣言について同法一九六条をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 秋元隆男)

別紙 請求の原因

一 当事者

1 原告は、昭和六一年三月、熱海市所在のNホテルに正社員として雇傭され、同六二年一一月当時はフロントで会計係として働いていた。

2 被告は、原告がNホテルに雇傭された時は既に同ホテルの従業員であった者で、昭和六二年一一月当時は原告の上司として会計課長の職にあった。

二 被告の、原告に対する加害行為の発生

1 昭和六二年一一月中旬のある夕方勤めが終わった時に、被告は、食事だけということで原告を誘った。原告は、上司の被告からの申し入れであったため断ることもできず、食事の誘いに応じた。

2 被告と原告はKステーキハウスでの食事を終え、被告の運転する自動車で帰路についたが、被告は車中で、原告に対し、「モーテルに行こうよ。裸をみせてよ。」と言い、原告がこれをはっきりと断ったにもかかわらず、自動車をモーテルのある方向に向けて走らせ、あるモーテルの前で車をとめて、原告の腰の辺をさわり、「いい勉強になるから入ろう。」と、執拗に誘った。

原告がこれに対して断り続けると、被告はキスをさせないと車を動かさないと脅迫したが、これに対しても原告は何回も拒絶した。

被告もこの時はあきらめたとみえ、自動車を熱海へ向けて走らせはじめたが、熱函道路料金所手前のパーキングエリアで再び車を止め、原告に対しキスをすることや、会話をするのに近づきやすいようにシートを後ろに倒すようにと要求した。そして、車が熱函トンネルを出て、周囲をゴルフ場にかこまれた淋しい道の近くにさしかかると、被告は再び原告に対してキスをすることを要求し、もし応じなければその暗い淋しい道を行く、いやならモーテルへ戻るぞと脅迫し、遂に、原告をこの脅迫で屈服させてしまった。そして、被告は、原告に執拗にキスをくりかえし、路側帯に車を停め、又執拗にキスをくり返した。その際被告は、原告の胸に手を入れようとしたので、原告がはげしく拒絶すると、被告は「けちだなあ、それじゃ一万円払うから。」と発言して、原告をこの上なく屈辱的な気持にさせた。

3 その翌日、原告は、被告に対して、前夜の行為は非常にショックであった旨抗議し、謝罪を求めたが、被告は、原告の怒りを何ら理解せず、「ごめんね、ショック?。」という対応しかしなかった。そして、被告は、渡したい物があるからと再び原告を自動車に誘い、ピアス(イヤリング)を渡そうとした。

原告は、このような品物を受け取れば、前夜の被告の行為を了解したことになるうえ、そのような形で責任をごまかされたくないと考え、受領を拒否した。

4 原告は、被告の右各行為のため非常な打撃を受け、身体の不調を来たし、精神的苦痛のなかで勤務を続けていた。ある日、思い余って他の従業員に相談したところ、かえって勤め先中に噂が広まり、さらに辛い目にあう羽目になった。

結局、原告は、被告の下で働くことに耐えられなくなり、職場にもいたたまれなくなって、昭和六三年一月末日付で、退職のやむなきに至った。

5 被告の右2の行為は、オートロックで走行している自動車内にあって逃げ出せない状態の原告の意思を無視し、かつ、上司である立場を最大限利用して、脅迫のうえ行われたものであるから、刑法の「強制わいせつ罪」に該当する犯罪行為であり、かつ、セクシュアル・ハラスメントの典型行為でもあり、民法七〇九条の不法行為に該当する。

三 損害の発生

原告は右の経過のとおり、被告の加害行為により筆舌に尽し難い精神的苦痛をうけたうえ職も失ってしまい、その後は短期のアルバイト的仕事を転々とすることになってしまった。

1 慰謝料 金五〇〇万円

原告は、退職当時二三歳の独身女性であったが、前記のような強制わいせつ行為により性的自由を侵害されたうえ、意に反して退職することを余儀なくされたことにより、性的自由、人格的尊厳及び働き続ける権利を侵害され、回復困難な精神的苦痛を被ったものであり、その損害は金五〇〇万円を下らない。

2 弁護士費用 金九九万円

原告は、平成元年一一月から、本訴の原告代理人である弁護士角田に依頼して被告に対し謝罪と慰謝料の支払いを求めてきたが、被告は交渉に全く応じようとせず、原告側との接触を拒否してきた。

そのため、原告はやむなく原告代理人に依頼して本訴を提起せざるを得なくなったものである。

原告代理人所属の東京弁護士会報酬会規によれば、金五〇〇万円の請求についての弁護士報酬の標準額は九九万円であるので、この金額を支払う旨、原告は代理人と約した。

四 よって原告は、被告に対し、民法七〇九条の不法行為による損害賠償請求権に基づき、金五九九万円及び、内金五〇〇万円に対しては不法行為後の日である昭和六二年一一月三〇日から、内金九九万円に対しては本訴状送達の日の翌日から、それぞれ支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

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